作家のエージェントという仕事
ボクは、こんな本をつくり、こんな著者を世に送り出してきた
講師:鬼塚忠氏(作家のエージェント:アップルシード・エージェンシー代表取締役・作家)
〇日時:2024.7.27(土)10:15~12:00(開場10時)
〇場所:浦安市立中央図書館2F 視聴覚室 〇参加者:22名
講演要旨
私は鹿児島生まれで鹿児島大学に学び、4年時、就職活動のために上京を繰り返しました。時はバブル期で、企業から会社説明会参加のため訪問するたびに交通費・宿泊費として10万円も支給されました。ヒッチハイクで上京し、友人宅に泊まって節約し、約300万円貯め、卒業後は海外に出ました。中国から始まり、タイ、マレーシアなどを周り、インドでは麻原彰晃と出会い、エルサレムでも半年過ごしてエビ養殖の起業にかかわるなど、さまざまな体験をした後、最後はモスクワからシベリア鉄道を使い、極東ロシアのハバロフスクを経て3年ぶりに帰国しました。
ところが、バブル景気は終わり、かつて内定をくれた会社からは門前払い、一度も定職に就いたことのない30歳近くの私を受け入れてくれる日本の会社はありませんでした。やっと就職できたのが、外資系の出版エージェントの会社で、毎日30冊ほど届く本(その8割は英語)をみては、出版社に売り込む仕事を5年ほどしました。
しかし、仕事の成果が外国の作家に評価されていないと感じる中で、日本人の作家のエージェントをしてみたいと考えるようになりますが、会社への提言が受け入れられなかったために独立したのです。
初めて取り組んだノンフィクション作品は、車いすの起業家、家本賢太郎氏の本『僕が15で社長になった理由』(ソフトバンクパブリッシング、2001)が好評を博し、続く陳昌鉉著『海峡を渡るヴァイオリン』(河出書房新社)も本として成功しただけではなく、フジテレビ開局45周年記念ドラマとなったのです。アップルシード・エージェンシーでは、出版だけでなく、映画やテレビの原作としても売り込んでいて、私自身の著作もほぼすべて映像化されています。
現在の出版業界の状況は、一時コロナで下げ止まったものの、昨年からまた売り上げは減少傾向です。書店数も2003年の2万880店から2023年は1万918店と、ほぼ半減しています。
エッセイや旅行記などジャンルは、ネット記事に移行しました。2010年位からは2万~3万部程度でベストセラーと言われるなど、大きく市場は縮小しています。そのため、作家のコンテンツを出版社に売り込むには、相当具体的なノウハウがないと難しくなっています。
それでは、どういう本が売れるのか、どうすれば出版してもらえるか? 有名人が書いた本だからといっても売れるとは限りません。特に小説はハードルが高く、河出書房新社の文藝賞は新人賞として定評がありますが、その受賞者でも数冊で消えてくことが多いです。文学賞の投稿作を見ると、1000作のうち、クオリティがあるのは3作くらいです。編集者は忙しくて読んでいる余裕はなくなっています。
実用書、ノンフィクションについてですが、売れる本には4つのパターンがあります。
第1に、悩みを解決してくれる本。例えば、お金や健康の悩みなどを解決してくれる本です。
第2に、新しい価値観を提示してくれる本。
第3に、だれも知らないことが書かれた本。
第4に、読むことによってリターンが得られる本。
A4で3~4枚の企画書を書き、出版社に売り込みます。出版社は1点出版するために350万円ぐらい投じます。初版5000部を印刷し、全部売れてもほとんど利益はなく、重版でやっと利益が出ます。そのため、著者の力量に担保があると売り込みやすい。
話は小説に戻りますが、たとえば文学賞を受賞している人は可能性が高いです。こと。私は東京中野文学賞という一昨年スタートした文学賞の選考委員なんですが、文学賞の受賞者の作品はクオリティが認められます。私が手掛けた例でも、若いころ文学書に応募して3次選考まで残ったものの最終的に受賞を逃した作品など、そこまで残ったものは受賞してもおかしくないレベルの作品が多く、実際、そのまま出版できました。つまり、自費出版ではなく、出版社が出版するに値する作品を売り込んでいます。
【講座のようす】
参加者はとても熱心で、質問時間には、さらに詳しくデビューの可能性のヒントを求めるものもあった。残念だったのは、PCを準備したがプロジェクターとの接続がうまくいかず、講師が紹介してくれた本を画像で紹介することがほとんどできなかったこと。全体に、出版の裏側を知る貴重な機会となった。